2015年5月7日付け Nature "News in Focus" 和訳

軍民両用技術

日本の学術界、軍事の侵入を懸念
伝統的に平和主義的な研究者コミュニティーと軍事との関係が変わりつつある

デイビッド・シラノスキー


第二次世界大戦後から、日本は確固とした平和主義をとってきた。研究者の中には、先月防衛省が研究基金制度を開始したと知り、狼狽した者もいる。合計額―初年度で3億円(250万米ドル相当)―は国家による研究基金の合計を考慮するとわずかでしかないが、研究者の多くは、その基金が不吉な徴候であると見ている。

懸念する研究者が増加しているが、彼らが表明しているところによると、年度予算に組み入れられたその基金は、日本の学術界が軍事性を帯びるようになったと思わせるような動きの中で最新のものである。アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)を参考にして最近始まった政府のプロジェクトも、同様に心配事である。

「軍事的な目的や軍事的論理が学術界に大きな影響を持つようになった」と語るのは、横浜にある海洋研究開発機構の地球化学者、浜田盛久氏である。浜田氏は昨年、インターネット上で変化を批判するキャンペーンを開始した。彼は「我々にとって、このことは特に懸念される事態である」と述べている。

日本学術会議は1950年、戦争につながる研究を回避する声明を策定し、それ以来同様の誓いが立てられてきた。しかし、タカ派の安倍晋三首相の出現や、中国や北朝鮮との関係が緊張化したことによって、学術と軍事との関係が変わりつつある。

安倍首相が議長を務める総合科学技術・イノベーション会議がImPACT(革新的研究開発推進プログラム、「インパクト」)と呼ばれるプロジェクトを創設したのを受け、昨年、学術研究を軍事への応用に関する論争が加熱した。このプロジェクトは5年間、12の課題に5500億円を投資するもので、政府の説明によると、それらの課題はハイリスクを伴うが、大きな商業上の成功が見込めるものが選定されたとされている。日本政府は、このような取捨選択や、プロジェクトのマネージメント構造に関して、創造的研究(blue-skies research)の原動力となっているDARPAが参考にされた。各課題にプログラム・マネージャーが置かれ、主に大学を拠点とする研究者たちの研究のとりまとめ役となる。

DARPAが軍事にも民生にも応用できる「軍民両用」技術を明確に重視していることをもImPACTが真似しているとして批判されている。また、ImPACTが軍事性を帯びていることを示す兆候もあるとの批判もある。防衛省の匿名希望の官僚は、軍事関係者が「ImPACTのプロジェクトに注視している」と述べている。ImPACT創設に携わった政策研究大学院大学教授の角南篤氏は、安倍首相の主たる狙いは経済的なものであるが、「中国との関係の緊張化のように、日本をめぐる安全保障環境が変化していることを理由に」、潜在的な軍事への応用にも興味が惹かれていたと述べている。

しかし、軍民両用の潜在性を有しているプロジェクトに関わる研究者の中には、軍事利用を考案する圧力をあまり感じていない者もいる。

東北大学の田所諭氏は、熱や爆発に耐え、飛行したり歩行したりする自律ロボットを開発する「タフ・ロボティクス」プロジェクトに対し35億円を得る予定である。田所氏は、自身のプロジェクトが軍事との関連はなく、災害対応に使われる予定のものであると言う。

同様に、筑波大学の山海嘉之の研究チームは、外骨格型スーツにより、着ている者の神経信号を受信し、それを機械的な力に変換する技術の開発のために、ImPACTの予算を使っている。この技術はヘルスケアにおいて利用されるものであるが、患者を持ち上げる介護者を助けるものにもなると山海氏は述べる。

ImPACTと比較して、防衛省による3億円の基金は控えめである。予算は、厚生労働省や経済産業省によって運営されているのと同様の、競争的資金に使われる予定である。しかし、この予算は、軍事関連機器の開発や最先端の防衛技術の応用を含む、軍民両用技術に充てられることになる。

沖縄県にある琉球大学の農学者である亀山統一氏は、「大学や研究機関に軍事研究を求めるという政府の戦略の観点から言って、このことは大きな転換点である」と述べる。

この10年以上大学予算は削減されており、政府系資金への研究者の依存は高まっている。浜田氏は、防衛省による資金が「恩恵」だとする研究者もいることを指摘する。さらに浜田氏は、この基金が情報共有を制限する惧れがあるとする。

彼の声は一人の声ではない。浜田氏は昨年の3月、軍事が研究に侵入しつつある徴候を受け、亀山氏とともにオンラインによるアピール運動を開始した。現在では1000名の署名が集まった。「私たちは研究者の良心に訴えかけている」と亀山氏は述べる。